サイテーの一日
今日は朝からソファに座って動けなかった。
しかし今日は絶対にやらなければならない仕事があり、何が何でも職場に行かれなければならない。何とか遅いフレックスで出社。ふらふらしながら、仕事での対応に追われ、一通り今日やらねばならない仕事を片づけると、あとはもう放心状態で、何も手が付けられず、上長の許可を得て、帰らせてもらった。
帰ってからも心臓の脈が、自分の呼吸と合わず、気分がすぐれなかった。ソファに横たわって、何をするわけでもなく、瞳孔も定まらない。ただじっとする他なかった。
明日は早朝からやらなければならない仕事がある。
人生サイテーの一日である。
後記
私は何のために働いているのだろうか。社会的責任を全うするために、自らの生活、健康、命というものを引き換えにすることは、正しいあり方なのか。自己犠牲を伴ってまで果たさねばならない社会的責任とは何であろうか。それは自らをもって社会的責任を選択した自己責任なのか。自らの生活、健康、命を引き換えにした自己責任とは何か。自らの生活、健康、命を守ることが自己の権利だとしたら、自己の権利を否定してまで、全うしなければなら ない自己犠牲を伴う自己責任とは何か。それを明確にできず、発狂をもって自己崩壊してしまうMeに責任能力はあるのか。責任能力とは誰がどう定義するのか。自己の正当性は、自己を超えた社会でどのように裁決されていくのか。まるでMeは執行が迫った死刑囚のような気分である。